2022年10月09日
フシギちゃんの入院(多忙を極める10月編)
こんばんわっほい。
日付変わって、今日は10月9日。
1泊3日の日程で行っていた鹿児島から3日前に帰ってきたばかりなのに、また今夜の船で鹿児島に行かなければならない母です。
まだ船酔いが残ってるのに
極端に船酔いするタイプの母。
アネロン(めっちゃよく効く酔い止め)の存在が本当にありがたい

先月の10日から28日まで長女フシギちゃんが鹿児島のグループホームから再び一時帰宅しておりました。
半年前の3月末に突然引越しを決め我が家を出て行った彼女 (詳細は過去ログをご覧ください→ https://teti2snail.amamin.jp/e813392.html )
今度は、グループホームに居たくない、奄美に帰ってきたいと言い出し、先月に続き再び実家へと一時帰宅していました。
そして、何だかんだと理由をつけてグループホームへ戻らず、グループホームのスタッフとも険悪な雰囲気になり、余計に戻りづらい雰囲気に。
そして、4月に鹿児島で生活を始めてから5カ月目、9月10日に無一文で我が家に一時帰宅するまでに、母に何の断りもなく家の口座から引き落としされるQRコード決済を使用して驚くほどの金額を浪費しておりました。
その額数十万円。
そんな大金を何に使ったのかというと、
過食嘔吐
大量に食べ物を買い込んで食べては吐き戻す、ということを繰り返していたのでした。
一人暮らしを始めたことで、今まで以上に悪化した過食嘔吐で、体はボロボロ、先日帰宅した際には体重が30キロ台まで落ちていました。
何度も入院を勧める母に、「入院したら携帯が使えない、ゲームができない」などと適当な理由で入院を避けようとしていた彼女でしたが、母も我慢の限界を超えていたので、さすがに現在の自分の異常な状態を理解するように強く言いました。
このひと月の過食嘔吐の金額は異常過ぎるほど異常な額で、それに対して危機感を感じない、命の危機を感じないのは、通常の判断が出来なくなっている証拠。
母が今の彼女の現状を客観的な視点から具体的に、その異常さが伝わるように話をしました。
そして、彼女はやっと納得し、自分で病院に連絡を入れ納得の上で入院することを決めました。
9月28日には、入院の日程調整済んで10月5日から入院することが決まり、その日の夜の船でしぶしぶ鹿児島へ戻りました。
グループホームは、1カ月以上の入院になると退去しないといけないという規則があり、今回の入院によりほぼ確定した退去に向けて自分なりに少しは荷物の整理をしようとはしていたようですが、片づけるという能力が生まれつき全く備わっていない彼女。
入院前日の4日の朝に母が入院の準備と付き添いのため彼女の自宅を訪れると、案の定、見事に足の踏み場もない状態でした。
床にマヨネーズが落ちているとは、どういうことなのだ?
潔癖症の母には、かなりつらい状況でしたが、翌5日の入院の付き添い後、夕方の船で帰ることになっていたので、泣き言を言っている暇などなく、早速、1日のスケジュールを決め、近所のスーパーやドラッグストアに段ボールをもらいに行ったり掃除用品を買いに行ったりして、インターネットで夕方に荷物の集荷に来てもらえるよう手配し、その時間までに段ボール10箱分の荷物を詰め終わることを目標に時間を確認しながら散らかっているモノ達と必死に格闘しました。

集荷時間の夕方5時ギリギリに、無事荷物の整理が終了し、時間通りに荷物の集荷にも来てもらえました。
10箱分の大量のモノが運び出され、足の踏み場もなかった部屋の中が少しスッキリ。
そして、やっと姿を現した床。
その床がまた...
再び気合を入れなおし、全身に鳥肌を立てつつ、手にナイロン袋をはめて掃除スタート。
ゴミを取り除き、床のホコリを取り除き、除菌シートで拭き掃除。
どうにか、人間が床に座って食事ができる程度の部屋になりました。
その後、入院のための荷物の取捨選択をして荷造りをし、深夜2時半に就寝。
翌日は、9時に病院着だったので、7時前には起床して準備を整え、大きな荷物を両手に担いで市電に乗り、どうにか9時に病院に着くことが出来ました。
ここまで、すべて予定がギリギリでうまく進んでくれて、とりあえず一呼吸。
診察では、彼女が話していなかった細かい話を先生に伝えて、入院期間や治療方針、内容、服用する薬のことなどを話し合って決め、入院の為の事務的な手続きなども済ませて、やっと少し肩の荷がおりました。
入院期間は、3ヶ月の予定。
以前(8年前)の入院の時は、色々と事情があり1ヶ月で退院しましたが(過去ログ→ https://teti2snail.amamin.jp/e437483.html )今回は治療の為というより、過食嘔吐の習慣を少し断ち切って、リスタートするための準備期間のようなものだと思います。
そう簡単に治るものでもないし、根気強く長い時間をかけて、本人の考え方や行動を変えていかなければなりません。
しかし今回の入院は、前回よりも少し厳しい掟が。
感染症予防のため、入院中(3ヶ月)は外出禁止。
急に予定外の外出禁止3ヶ月を言い渡されたフシギちゃんは、入院の時間を午後3時まで待ってもらうようお願いをして外出の許可をもらい、母と外食をし、入院中に手紙を書く為のレターセットや何回でも飽きずに読める本を買い込んで、3時ギリギリに渋々病院へと戻って行きました。
母は、一人で公共交通機関に乗れないフシギちゃんを病院前の市電の駅まで送り、またすぐに元来た道を逆戻りして中央駅まで戻りました。

振り返る間もなく急いで戻っていく母の後姿。(フシギちゃん撮影)
中央駅に到着し、帰りのフェリーの中で食べる夕食をコンビニで買って、港行きのシャトルバスを待つ間にやっとホッとしてこの日初めてのコーヒーを飲みながら、フシギちゃんのグループホームの担当者や相談支援員さんに電話連絡をして時間を有効活用。
各所への電話連絡が終わる頃、ちょうどやってきたシャトルバスに乗り込んで港へ向かいました。

1泊2日しかないギュウギュウに詰まった日程をどうにか上手くこなす事が最優先で、考える暇もなく動き続けていたので、バスのシートに座ってホッとした瞬間に、張り詰めていた色々なものが一気に押し寄せてきて、涙がワーッとあふれてきました。
入院したフシギちゃんに対して、悲しいとか寂しいとか、かわいそうとか、そんな理由で涙が出たわけではなく、今回の一連の流れの中で色々と心に刺さっていたものが、ホッと気を抜いた瞬間に痛みとしてやってきた...というのが一番近い表現なのかなと思います。
今はまだやらなくちゃいけない色々な事や疲れや船酔いで頭が回らないので、また後日色々と詳しく記録を残そうかと思っています。
さて。
また今夜の船で鹿児島へ行ってきます。
今回のミッションは、「引越」です。
今月中にグループホームから退去しなければならないので、残っている荷物を全て片付けて運び出し、役所で転居手続きを済ませ、
その合間にフシギちゃんに冬物の服や足りない物資を届けに行きます。
電気やガスの停止の連絡はすでに電話やネットで手続きを済ませてあるので、13日午後の荷物のコンテナ積み込みが早めに済んでくれることを祈るばかり。(荷物の積込の時間指定が出来ず、午後という大雑把な予定しか立てられなかった...もし夕方になったら予約してあるフェリーにも乗れず泊まる所も探さなければならないという危機感てんこ盛りのシチュエーション
)
予定通りに上手く事が進めば、13日の夕方の船に乗れるはず。
間に合わなければ...その時は、その時で全力でどうにかするのみ!笑
10月の後半は、仕事や用事、コブタちゃんのダンスやフラの文化祭練習や本番など、変更できない予定があるので、どうしても9日から14日までに全てを終わらせて来なければなりません。
どうかギリギリでもいいので13日の夕方の船に乗れますように
無事に帰ってこられたらまたお知らせしますね。

フシギちゃん入院30分前に撮った写真です。
3カ月後にはもう少し身も心も健康になって奄美に帰ってこられるかな。
とにかく今は、慣れない地での引越ミッションの成功が一番の気がかり。
きっとうまくいくと信じていますが。
とりあえず、
行ってきます
ミッション成功を祈っていてくださいね
日付変わって、今日は10月9日。
1泊3日の日程で行っていた鹿児島から3日前に帰ってきたばかりなのに、また今夜の船で鹿児島に行かなければならない母です。
まだ船酔いが残ってるのに

極端に船酔いするタイプの母。
アネロン(めっちゃよく効く酔い止め)の存在が本当にありがたい


先月の10日から28日まで長女フシギちゃんが鹿児島のグループホームから再び一時帰宅しておりました。
半年前の3月末に突然引越しを決め我が家を出て行った彼女 (詳細は過去ログをご覧ください→ https://teti2snail.amamin.jp/e813392.html )
今度は、グループホームに居たくない、奄美に帰ってきたいと言い出し、先月に続き再び実家へと一時帰宅していました。
そして、何だかんだと理由をつけてグループホームへ戻らず、グループホームのスタッフとも険悪な雰囲気になり、余計に戻りづらい雰囲気に。
そして、4月に鹿児島で生活を始めてから5カ月目、9月10日に無一文で我が家に一時帰宅するまでに、母に何の断りもなく家の口座から引き落としされるQRコード決済を使用して驚くほどの金額を浪費しておりました。
その額数十万円。
そんな大金を何に使ったのかというと、
過食嘔吐
大量に食べ物を買い込んで食べては吐き戻す、ということを繰り返していたのでした。
一人暮らしを始めたことで、今まで以上に悪化した過食嘔吐で、体はボロボロ、先日帰宅した際には体重が30キロ台まで落ちていました。
何度も入院を勧める母に、「入院したら携帯が使えない、ゲームができない」などと適当な理由で入院を避けようとしていた彼女でしたが、母も我慢の限界を超えていたので、さすがに現在の自分の異常な状態を理解するように強く言いました。
このひと月の過食嘔吐の金額は異常過ぎるほど異常な額で、それに対して危機感を感じない、命の危機を感じないのは、通常の判断が出来なくなっている証拠。
母が今の彼女の現状を客観的な視点から具体的に、その異常さが伝わるように話をしました。
そして、彼女はやっと納得し、自分で病院に連絡を入れ納得の上で入院することを決めました。
9月28日には、入院の日程調整済んで10月5日から入院することが決まり、その日の夜の船でしぶしぶ鹿児島へ戻りました。
グループホームは、1カ月以上の入院になると退去しないといけないという規則があり、今回の入院によりほぼ確定した退去に向けて自分なりに少しは荷物の整理をしようとはしていたようですが、片づけるという能力が生まれつき全く備わっていない彼女。
入院前日の4日の朝に母が入院の準備と付き添いのため彼女の自宅を訪れると、案の定、見事に足の踏み場もない状態でした。
床にマヨネーズが落ちているとは、どういうことなのだ?
潔癖症の母には、かなりつらい状況でしたが、翌5日の入院の付き添い後、夕方の船で帰ることになっていたので、泣き言を言っている暇などなく、早速、1日のスケジュールを決め、近所のスーパーやドラッグストアに段ボールをもらいに行ったり掃除用品を買いに行ったりして、インターネットで夕方に荷物の集荷に来てもらえるよう手配し、その時間までに段ボール10箱分の荷物を詰め終わることを目標に時間を確認しながら散らかっているモノ達と必死に格闘しました。

集荷時間の夕方5時ギリギリに、無事荷物の整理が終了し、時間通りに荷物の集荷にも来てもらえました。
10箱分の大量のモノが運び出され、足の踏み場もなかった部屋の中が少しスッキリ。
そして、やっと姿を現した床。
その床がまた...

再び気合を入れなおし、全身に鳥肌を立てつつ、手にナイロン袋をはめて掃除スタート。
ゴミを取り除き、床のホコリを取り除き、除菌シートで拭き掃除。
どうにか、人間が床に座って食事ができる程度の部屋になりました。
その後、入院のための荷物の取捨選択をして荷造りをし、深夜2時半に就寝。
翌日は、9時に病院着だったので、7時前には起床して準備を整え、大きな荷物を両手に担いで市電に乗り、どうにか9時に病院に着くことが出来ました。
ここまで、すべて予定がギリギリでうまく進んでくれて、とりあえず一呼吸。
診察では、彼女が話していなかった細かい話を先生に伝えて、入院期間や治療方針、内容、服用する薬のことなどを話し合って決め、入院の為の事務的な手続きなども済ませて、やっと少し肩の荷がおりました。
入院期間は、3ヶ月の予定。
以前(8年前)の入院の時は、色々と事情があり1ヶ月で退院しましたが(過去ログ→ https://teti2snail.amamin.jp/e437483.html )今回は治療の為というより、過食嘔吐の習慣を少し断ち切って、リスタートするための準備期間のようなものだと思います。
そう簡単に治るものでもないし、根気強く長い時間をかけて、本人の考え方や行動を変えていかなければなりません。
しかし今回の入院は、前回よりも少し厳しい掟が。
感染症予防のため、入院中(3ヶ月)は外出禁止。
急に予定外の外出禁止3ヶ月を言い渡されたフシギちゃんは、入院の時間を午後3時まで待ってもらうようお願いをして外出の許可をもらい、母と外食をし、入院中に手紙を書く為のレターセットや何回でも飽きずに読める本を買い込んで、3時ギリギリに渋々病院へと戻って行きました。
母は、一人で公共交通機関に乗れないフシギちゃんを病院前の市電の駅まで送り、またすぐに元来た道を逆戻りして中央駅まで戻りました。

振り返る間もなく急いで戻っていく母の後姿。(フシギちゃん撮影)
中央駅に到着し、帰りのフェリーの中で食べる夕食をコンビニで買って、港行きのシャトルバスを待つ間にやっとホッとしてこの日初めてのコーヒーを飲みながら、フシギちゃんのグループホームの担当者や相談支援員さんに電話連絡をして時間を有効活用。
各所への電話連絡が終わる頃、ちょうどやってきたシャトルバスに乗り込んで港へ向かいました。

1泊2日しかないギュウギュウに詰まった日程をどうにか上手くこなす事が最優先で、考える暇もなく動き続けていたので、バスのシートに座ってホッとした瞬間に、張り詰めていた色々なものが一気に押し寄せてきて、涙がワーッとあふれてきました。
入院したフシギちゃんに対して、悲しいとか寂しいとか、かわいそうとか、そんな理由で涙が出たわけではなく、今回の一連の流れの中で色々と心に刺さっていたものが、ホッと気を抜いた瞬間に痛みとしてやってきた...というのが一番近い表現なのかなと思います。
今はまだやらなくちゃいけない色々な事や疲れや船酔いで頭が回らないので、また後日色々と詳しく記録を残そうかと思っています。
さて。
また今夜の船で鹿児島へ行ってきます。
今回のミッションは、「引越」です。
今月中にグループホームから退去しなければならないので、残っている荷物を全て片付けて運び出し、役所で転居手続きを済ませ、
その合間にフシギちゃんに冬物の服や足りない物資を届けに行きます。
電気やガスの停止の連絡はすでに電話やネットで手続きを済ませてあるので、13日午後の荷物のコンテナ積み込みが早めに済んでくれることを祈るばかり。(荷物の積込の時間指定が出来ず、午後という大雑把な予定しか立てられなかった...もし夕方になったら予約してあるフェリーにも乗れず泊まる所も探さなければならないという危機感てんこ盛りのシチュエーション

予定通りに上手く事が進めば、13日の夕方の船に乗れるはず。
間に合わなければ...その時は、その時で全力でどうにかするのみ!笑
10月の後半は、仕事や用事、コブタちゃんのダンスやフラの文化祭練習や本番など、変更できない予定があるので、どうしても9日から14日までに全てを終わらせて来なければなりません。
どうかギリギリでもいいので13日の夕方の船に乗れますように

無事に帰ってこられたらまたお知らせしますね。

フシギちゃん入院30分前に撮った写真です。
3カ月後にはもう少し身も心も健康になって奄美に帰ってこられるかな。
とにかく今は、慣れない地での引越ミッションの成功が一番の気がかり。
きっとうまくいくと信じていますが。
とりあえず、
行ってきます

ミッション成功を祈っていてくださいね

スマイルパワー全開!
コブタちゃんのラストステージ(お礼)
コブタちゃんとHULA
前以て予定されていた後悔(多忙を極める10月編 第4話)
ミッションクリア!(多忙を極める10月編 第3話)
青天の霹靂(多忙を極める10月編 第2話)
コブタちゃんのラストステージ(お礼)
コブタちゃんとHULA
前以て予定されていた後悔(多忙を極める10月編 第4話)
ミッションクリア!(多忙を極める10月編 第3話)
青天の霹靂(多忙を極める10月編 第2話)
この記事へのコメント
こんにちは、初めまして。
私も過食嘔吐克服中なのでお子さんの気持ち、悩むお母さまの気持ちがとても胸に響き、思わずコメントしてしまいました。
お母さま、本当にすごいです…!
私も過食嘔吐克服中なのでお子さんの気持ち、悩むお母さまの気持ちがとても胸に響き、思わずコメントしてしまいました。
お母さま、本当にすごいです…!
Posted by at 2022年10月19日 16:53
コメントありがとうございます。
長い道のりですが、一歩ずつでも前進しておいしく楽しく食事ができる日が来ますように。
応援してます。
長い道のりですが、一歩ずつでも前進しておいしく楽しく食事ができる日が来ますように。
応援してます。
Posted by makko
at 2022年10月20日 00:03
